携帯から書く日々ブログ
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難破した船のように私の愛は暗礁に乗り上げている 身動き取れない状況の中で、気分転換に行きつけのパチンコ店でパソコンを開く 独占欲のコーナーを開くと納得出来るコメントに知人にでも会った気分になる [独占欲から出た愛はエゴイズムです これは愛とはいえません 愛するものを手放しなさい もし、その人が戻ってこなければ、初めからあなたのものではなかったのです しかし、戻ってくれば初めからあなたのものだったのです] 暗礁に乗り上げた船の上で私の頭をよぎったのはこの言葉そのままだった 冷静な私の姿からは、苦しんでる様子は見えないのだと思う 無駄なあがきが嫌いなだけだ どうしょうもないことに人は拘ったり、縛られたりする 往生際の悪い人間ほど見苦しいものはない 腹を据えて[煮くなと焼くなと好きにせい!]の体制に入る
追い込まれた時にヤクザのような気性が頭をもたげる やせ我慢とも言うんだろうなぁ 素直な人も好きだが、どうにもならない場面で腹をくくるような人も好き どうでもいいことに拘っている人間が大嫌いなだけだ 本人にとっちゃそうではないだろうが、端から見たら、[どうでもいいじゃん]そう思う場面に遭遇する度に感じるのは[あ~この人大した経験がないんだなぁ]と、思うだけ 私は最初の出産で地獄を見た、で、次の子が生まれる時には腹を括ってかかった おかげでかどうか知らないが、自分のことより子供の気持ちになれる余裕が生まれたのは確かなんだ 愛は自己犠牲だと思う 我が身を痛めつけたくはないんだが、人生は理不尽なもんだ 他者との関係無しには人生は有り得ない どっちかが傷つくのは致し方ない 二度目の出産の時、私が痛みを我慢できたのは、最初の子供を産んだ時に看護婦さんから言われた言葉が記憶にあったからなんだと思う [おかあさんが変に力むと赤ちゃんは苦しむのよ]その言葉が私にはこたえた 私は優しい人間ではない ましてや聖人君子でもないのだが、どうも人の苦しむ姿には耐えられない性分だと思う 単純にそれだけの理由に思える 暗礁に乗り上げた船の上で、奴は私と同じ苦しみにいるのか、と浮かぶのだが、同時にこんな苦しみを味わってほしくない、と思ってるのも事実なんだなあ こんな私の性格が災いとなったのか、私の周りには甘ったれた連中が集まるようになった 優しいのもほどほどに、だ どっちかなんだ 私の笑顔の裏に隠された私を見てるか、私の上っ面を見てるか、の違い PR |
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