携帯から書く日々ブログ
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サライを見ているとデカい図体に似合わぬ可愛いさを感じる。最初に人間が愛着を持った存在が母親であったように、人は何時までたっても最初の愛が刻印されているのかも知れない。
ただ、子供の頃と違って無条件に母親が自分の傍らにいてくれる訳じゃない。いてもらいたくてあの手この手を考えるのが、大人と子供の違いなのではないだろうか。 その辺りに関してサライは悪魔的とも言える策略に長けている。純粋すぎるから、私も罠と気付かないのだが。 気が付いたら私はソファーで可愛いサライを見守る母親の眼差しになっている。物事の判断も冷静さも持ち合わせているサライならではの策略に見事私はまっている 子供と違う所はこんな所だろう。人の才能とは如何にして欲しいものを手に入れるかと策を練り、行動するかだと思う。それを狡いと思うか賢いと見るかの違いに過ぎない。 サライ、お母さんを手に入れたかったらお母さんの言うことを聞いて、いい仕事をしなさい。 サライは素直な子だ。私が愛したくなる存在へと変貌を遂げている。それこそ一石二鳥だ。 私の中にある人間性の最高傑作へとサライは進化し続ける。男はいつまでも子供と嘆くか、子供であるが故に可能性があると見るかは女性の器の大きさや柔軟性だと思う。但し、子供っぽいと子供では違いますので、その辺りの区別は的確になさりますように。話は飛ぶが、今の世の中で肩書きを手に入れても価値はないと私は考えている。中身だけでいい。 食っていけるだけの糧を稼ぐ能力と最大の人間性を獲得するのが最善と思える。 PR ![]() ![]() |
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