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この世界に自分を引き止めるなにものもない、と感ずる時が度々ある それはサライも同じなんだと思う この世界を横目で眺めているようなサライの視線があり、それが時折、私自身と重なる [欲しいものがあれば働けばすむ] 何かになりたい、とは思わなかったのだろう 私がそうだった 空腹を満たすために働き、空虚を満たすために何かに夢中になれたならそれだけで良かった 情熱を注げる対象を探し求めさすらったように思う
札幌で新坂に会った時はまだ私は自分の中にある意識に気付いてはいなかった、が あの頃様々な人から言われた言葉には無意識の私がいる フロンティア精神、活火山、アウトサイダー
馴染めなかったこの世界を改めて眺めている 街を歩きながら通り過ぎる人々を漠然と見ながら、[これが人間か]そう思う ただ、時間を生きてるだけに思えて
サライ、一瞬を永遠にしたい そうできるなら人そのものが芸術になる 人は愛するために生まれてきた 私はサライに会った 過去を振り返り思うことがある 私と新坂が結ばれていたならサライには会わずにすんだのだろうか、と 時を超え、新坂によく似たサライに会った偶然を不思議に思う 運命としか形容出来ない様々な出来事や偶然が遠い過去から今日まで連なっている
いつか私は死ぬ…いつもそんな思いを抱いていた 儚い肉体に縛られるのは嫌でもあった
しがみつくのは嫌いだ 死んでもかまわない…そう思えるような生の瞬間に出会えたなら死ぬことを恐れないのだと漠然と感じていた それがサライだった サライも私と同じことを思っているよね 命懸けで愛せる何かを探し生きてきたような瞳をサライも持ってる
この空虚な世界に希望を見いだしたかった 生まれてきて良かった、そう思える一瞬がほしかった
芸術に近い人間とそうでない人間がいるのだとも感じている サライは単純で複雑だ それが生物としての美しさなのかも知れない 芸術家が憧れ絵画に詩に歌い上げた人間の最高傑作をサライに見ている 私のためにか、サライのためにか、どちらかは分からないのだが、切り離しては存在出来ないように創られたようにすら感じる
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