松下さん

[今日、退院だね。私松下さんのこと好きだったよ]と言うと少しすねたように[嘘つき]と言った後、[わがままばかり言ってごめんね]
確かにわがままではあったが、素直なわがままと言うのもある。
トイレの練習の時にも[出なかったからごめんね]と子供みたいに可愛いのが印象に残っている。
わがままな言葉の下には寂しさが漂う。老いていくのは寂しいね。
松下さんが食事を取らなくなった時、看護婦さんから[…さんちょっと来てくれる。…さんの言うことなら聞いてくれるから、食事させてくれる]
でも手遅れだった。私と松下さんの間に出来た信頼関係は[あんたが甘やかすからよ]と言われ、職員の立場上距離を取るようになり、松下さんの呼ぶ声がしても聞かないふりをしていた。
[嘘つき]はあの仕返しなのだろう。
老人ホームは嫌いだ。寂しい人間のたまり場みたいな気がする。
生きている喜びは最後まで人と触れ合うことだと私は思う。隔離されたような空間でわがままも言えないなんて寂しいね。