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新坂、私は最近君の言葉を繰り返している。顔面コンプレックスのことは口に出し言ったことはないが、心の中では気にしていた。そんな私を気遣ったのか君は私に[俺、顔には惚れないんだ]
それが単なる慰めだったのか本心だったのかは確かめもしなかった。確かめるべきだったのだろうが、良いことであれ悪いことであれ真実を知るのは辛い。
君に対しては恋愛と言うより肉親に近い感情を未だに持っている。君といつの間にか恋人のような関係になっていたのだが、私には君の大切さが分かってはいなかった。
出会いの記憶はあっても何故付き合うようになったのか、新坂に対して私は恋愛感情もなかったが、憧れも理想も無く共に過ごした時間が温かく蘇る。
私は最近思うことがある。情熱に勝るものがあるのだと。
札幌での光景は新坂の無口な優しさに満ちていた。
私にはあの時間が特別なものだと言う意識が無かったのだが、自惚れで言わせていただくなら、私が新坂の側にいるだけで新坂は寂しさを忘れられたのかも知れない。
寂しいと言う感情はあの頃の私には意識できない感情だった。今でこそ寂しいと言葉にできるのだが、あの頃はこみ上げてくるものが何であるのかさえ気付かなかった。
私はただ愛されたかった。君の優しい思いやりに満ちた日々より愛されているのだと言う実感が欲しかった。だが、そう言う実感も自分が愛していなくては感じれはしないものだと知った。
愛されていなかったのではなく、その価値が私にはわからなかった。
今、思い返すと私は新坂の愛の器のようなものだったのかも知れない。
人間は不思議だ。意識してようがしてまいが、対象によって自己形成をしている。あの頃の私が一番素直であれたのは新坂の心の反映にも思える。
憧れや理想も無く、共に時を過ごしているうちに育まれるものがあるのだとしたら、札幌で過ごした時間なんだろう。
気が付いたら側にいた。それが大切な人だったと気づいたのは失ってみてから。こうやって言葉にしてみると愛すると言う感情は寂しさから来るものに思える。心細さとでも言うのか、誰かの温もりがたまらなく恋しくなる。
だが、何故、それが私だったのか。新坂にとって私と言う存在は何の意味を持っていたのだろうか。あの頃の私には新坂に与えるものは何一つ持ち合わせてはいないのだと言う自責の念しか無かった。与えられるものを拒まないのが私の特性であったのだと感じている。そう言った特性は子供の頃の生活に根ざしている。無力だった自分の惨めさなのだが、そう言うものと切り離して新坂の人間としての行為だけをみていたなら別れることはなかったんだろう。例え、新坂が哀れな野良猫に情けをかけたにせよ、それが時の中で育まれ愛情や愛着に変わるのなら恋愛感情のあるなしに関わらず無くてはならない存在に変わり得るのだと知った。
昨夜、私は不思議な出会いをした。しかも夜中に。
多分、彼も人恋しかったのかも知れない。人は心に打ち明けられない秘密を持っている。言葉に出来ない秘密であったりするのだが、私は黙って彼が話せる範囲の話だけを聞いた。寂しいと感じれる人の方が正直なのかも知れない。もともと人間は寂しい存在としてあるのだから。多分、寂しいと言う感情を共有し分かち合うのは異なる人間同士が互いにしか分からない秘密を共有するようなものかも知れない。如何なる秘密であれ他言しないであろうと言う信頼が他者との絆であるように思える。
秘密のない人間はいないのだが、それは誰かと共有したいが為に秘めている寂しい花のようにも思う。
私の中にあった寂しい花を新坂は嗅ぎ取ったのかも知れないとさえ思う。だからと言って彼はそこにつけ込んでくるような下劣な人間ではなかった。
私が最も嫌いな人間は人の弱みにつけ込んでくる人間だ。そして私が最も好きな人間は人の弱さを守ろうとする人間だろう。
私が新坂の側で無防備でいられたのは本能的に彼の人間性を嗅ぎ取ったのだと思う。意識より強い本能が人間には今なお宿る。それは昨夜の彼も同じだったのではないだろうか。

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