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状況に寄り異なるのでしょうね。子供は自分の世話をしてくれる人を慕うのかも知れない。おっぱい飲みながら聞く鼓動が優しく、穏やかだったら最高の幸せなんだろうね。
息子は生まれてから私の傍らに抱きかかえるようにして一週間を病院で過ごした。何となくなんだが、生まれてすぐ一人になるより聞き慣れた鼓動の近くにいる方が安心するような気がした。
たまに夜泣きをすると看護婦さんが[預かりましょうか]と親切に声をかけてくれたんだが、別に何もすることがないんだから子供のリズムで睡眠を取れば済むことだ。
子供のリズムに毎回乗っていたら大変だが、たまにはいいかなぁと思ったことがある。言うことを聞かない子供にイライラするより諦めて子供のリズムに切り替えると寛大な気持ちになれた。
子供たちは忘れているだろうが、私は忘れていないことがたくさんある。この違いは意識しているものがどこにあるかの違いだろう。人間は意識の集中する所にエネルギーを送り込むんだなぁ。
だから愛の反対は無関心なんだろうね。今でも子供たちを愛しているが、赤ちゃんだった時とは違うから愛し方も変わらざるを得ない。小さかった頃を懐かしく思いながらアルバムをめくるが、仕草は私の心にしかないんだ。写真は心のアルバムを動かすきっかけに過ぎない。
私の中には幼い日の子供たちがいまでも同じ仕草で蘇る。一番愛おしい姿で残るから愛おしいんだろうね。愛もいつしか形あるものから形無きものに姿を変える。どんな人間に育っているかなんて見た目で分かるもんじゃないと思う。
たまに息子が私の傍らを無言で通る時に微かに感じるものがある。[ちょっと困った奴だなぁ]と若干嘆きつつもまだ時間はあるんだと自分を納得させる。
生き方も美意識なんだ。どんな愛を選ぶかはなかなか決まらないもんだ。
迷わない人もいるだろうが、我が家の子供たちは迷いながら辿り着くだろうと私は思っている。どんな愛を選ぶかが楽しみでもある。
出来たら人を心から愛せる人間になって欲しいんだなぁ。そう言えるのは人が人を愛する心は美しいからなんだ。
現実は後から自然に生まれてくる。愛する心から生まれる日々は芸術なんだよ。ダライ・ラマは宗教とは優しさと言う。私も同感だ。
娘の写真に添えられた言葉は[優しい子に育って下さい]だ。優しさは幸せの源だね。
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