携帯から書く日々ブログ
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激しい感情の持って行き場を無くしたのかも知れない。暗い森の中にある秘密の泉に私は何度も身を投じただろう。夜の闇にそっと森の中に入り泉を覗き込む。水中には私が愛した者が横たわる。まるで生きているような風情で永遠の眠りの中に安らいでいる。水中で夢を見続けているのだ。
感情では無くイメージなのだろう。私が郷ひろみさんの声に惹かれる理由は彼の歌声には感情ではなくイメージがある。私はカラオケに行くと感情が全くないような驚異的点数が出る。感情はあるんだがなぁと点数を睨みながら疑問を持っていた。 郷ひろみさんの本に出逢った事で今まで気付かなかった事が随分分かったように思う。何故、私が郷ひろみさんの声に惹かれるのか。 彼は感情を誰の手にも触れられない場所に隠しているんだ。こんな事をする人間は感受性が強いのだと思う。感受性は強いわ、プライドは高いわでは感情を素直に出せる訳はない。感情を殺すことが出来ないから、夜に森に入り泉に沈めるしかないのだ。 この泉は復活の泉でもある。現実のなかで鍛え抜かれた精神に寄って再び目覚めるのだが、それは神の創造のように新たな衣装を纏い、泉から立ち上がる。 感情は人間にとって自然に等しいものだと思うのだが、プライドが高く、感受性が強いと言うアンバランスが彼の歌声を作り上げたのかも知れない。 私は辛い時にはいつも歌っていたが、そこに感情を入れず、ただ、自分を慰める為と言うか、マイナス思考を払拭したいが為でしかなかった。とにかくマイナス思考では前に進めないんだ。 郷ひろみさんの本を読み彼の思考回路が如何なるものかが見えてくる。このタイプの人間は何度も精神的な死を経験している。 マゾっぽい要素も加わって、古い自己を壊す事に快感を覚えてしまう。破壊的ではなく実に建設的な破壊を繰り返していく方だろう。 私が心惹かれるのは純粋な人ではあるが、死を覚悟で物事に挑むんだ。 並の人では発揮出来ない力は泉に身を投じる覚悟があるのだろう。そこから幾度も復活する自分をみたのかも知れない。郷ひろみさんの本に神様がよく出てくるのも頷ける。 無宗教であることも。命の泉を持つ者は死を恐れない。 感情はイメージへと転換され、生まれ変わる。彼に暗さがないのは多分イメージに寄って生まれ変わった感情だからだ。 PR |
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