携帯から書く日々ブログ
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悪い夢でも見ていたように感じる 全部夢だったのだと思いたい部分もある 悪夢から目覚めてもサライは現に存在している サライを見る度に(現実に帰らないで…)そう思っていた あれは私自身に対しての言葉だったんだなぁ 現実に帰ってもサライはいる 消えたりはしなかった
孤独な人々が耐えきれなくなり現実を去って行くのだが、どうやら私は逆だったようだ 悪い夢から目覚めてから不思議なことが次々起きる 昔の知り合いに偶然会う頻度が増している 私の勝手な解釈に過ぎないのだが何となく漠然とした流れの中で(おかえりなさい)そんな風にすら感じている どっちが私にとっての現実だったのだろうか 夢は夢でも悪夢がある 悪い夢から私を救い出してくれた大勢の人がいる (帰っておいで…)あの不思議な囁きも奇妙な幻聴に過ぎなかったのかも知れないのだが、恐らく私の中の何らかの意志が囁いてくれていたのかも知れない あれから一年が過ぎた サライと私は互いに隔たって暮らしているのだが、いつも側にいる感覚がある 今はそれだけでいい もう少しこの現実に慣れ親しむまではと思っている 孤独な私に必要だったのはいつも側にいてくれる人では無かった 私の心と繋がった人だった その感覚を知っているのはサライと私だけだ 人と人が深い沈黙の中で繋がる時にだけ感じられる安らぎがある 言葉にもならない孤独の中に佇む二人は[長生きには興味ない…]だったんだ こんなに寂しい現実から一刻も早くおさらばしたい、と言う心理から発せられた言葉なんだが、せめて生まれてきたからには楽しんで死にたいもんだ そう思っていた 憎むのは嫌いだ! 他の人から見たサライはそんな世界にいるようには見えないんだろうな 心は全ての人が備えている 子供を見ているとよく分かる 黙って私を見つめる子供の心は楽しいリズムでも感じたように笑っている 心は陽気な子供のようなものなのかも知れない 面白い企みでも考えているように軽快に弾んでいる 心と言う世界はほとんどの人にとって現実には存在しないのかも知れない 私の真実の生活はこの心無くしては有り得ない 他の人にとってはこちら側が夢の世界なのかも知れない 大概の大人は忘れているが、たまに温存している大人?もいる そう言う人は外観は大人なんだけど内面は子供のままなんだ PR |
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