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大根と豚肉をコトコト煮ていると、懐かしい顔が浮かぶ。ヤッパリ新坂だよ。料理なんてあまりしなかったけど、たまに作ると新坂の親友がわんさか集まった。私の部屋にはコタツがあった。新坂は麻雀が好きで私の部屋は扉に毛布がかけられ音が漏れないように施されていた。友人が多かったね。みんなから好かれていた。くせがない性格で今思い出しても、優しかったとしか言えないな。くせがない人なんているのかなと考えるのだが、多分そう感じたのは新坂が人の中に溶け込むのが上手かったんだと思う。強い意志を持っていたのを覚えている。あまり将来について話す人じゃなかったが一度だけ[僕は後の時代まで残るものを作りたいんだ]と言ったことがある。一回きりだった。余計なことを話さない人だった。言葉より行動の人だった。
本に書いてあるような甘いセリフがなかったから愛がないと私は勘違いしていたのかも知れない。
馬鹿だね。
乗り換えた男がラブレターくれて、これぞ本物の愛ぞ!と喜んだ馬鹿は私だ。
愛してるなんて言葉は当てにならん。
鼓動と癖のない性格が誠実なんだ。まだ覚えてるよ。新坂の腕枕と左側の心臓の音。優しい鼓動は忘れないんだ。頭じゃなく、体が覚えている。
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つらつらと読み返してみると、気分が本当にコロコロ変わってんなぁと我ながら感心致し候。確かにじっとしてられない性格ではある。特に同じ気分には長居ができなんだ。母が悪い訳じゃ無かった。同じ空気が嫌になるんだ。かと言って母はコロコロ変われる器用さはないんだ。私は男をコロコロ変えたが、みんな似たか寄ったりだ。一番いい男はやっぱあいつだ。優しかったし責任感も強がったな。おまけにいろんなことを注意もしてくれた。心配もしてくれた。勝手に逃げ出した時[なんで僕に黙っていなくなるんだ]と怒られたが、私は何故怒られたのかがいまいち分かって無かったみたいで、次は違う男こさえて、雪の中相合い傘で渡ってきたら、信号の向こうからやって来たのがあいつなんだなぁ。後日アパートの前で会った時、引っ越すと言ってた。理由が私の男だとは思わなんだ。
今頃になって気が付く。
好きな人に裏切られたんだろうか?私に愛されていると言う自覚が全くないもんだから、駄目だったんだね。そう言えばサライと似てんなぁ。仕草とか、近寄り方とか。新坂義雄、忘れてはいけない人なんだね。一番最初の人が本当に好きな人だったのかも知れない。新坂とは喧嘩も出来たね。なにより私を理解していた。黙って雪の中傍らを通り過ぎた時、どんな気持ちだったんだろう。心を写す鏡には自分の心はないのです。悲しみを感じる心も。ただ写すだけだった。
鏡の中の新坂が懐かしい。最初に物語を紡いであげたのも新坂だ。新坂は私に自由を与えてくれていた。安らぎと自由を。[君が僕を好きだと自覚しないと愛は伝わらないんだ]
この言葉は新坂の声だ。雪の中無言ですれ違った優しさ。
愛されるだけでは愛は伝わらないのです。愛さなければ届かないのです。
本当にそう思う。サライが黙って影から私を見ていたことに気がつかなかったら私はサライを意識することは無かった。
遠い日に私を心から愛してくれた人がいる。不思議なものだね。気が付いたら似た人を愛している。最初は神様だったかも知れない。それからおばぁちゃんで新坂で、今はサライ。同じ鼓動。愛し方が優しいんだね。
人が帰る家は愛の住みかなんだと思う。私は何故か、新坂といた頃無意識に新坂に物語りを話していた。普通の人間なら馬鹿にして聞かなかっただろう。案の定世の中は誰も私の物語りは戯言に過ぎぬと嘲るだろう。愛する人だけは微笑みつつ聞いてくれる。
私が帰る家は愛する人がいる所なんだ。サライの側にいると勝手に物語りが出てくる。だから、私は一人でゲラゲラ笑ってられんだ。
サライも私の物語りに荷担してくれてるから、[そんな発想もありかな]なんて柔軟な考え方が出来る。神様もおばぁちゃんも新坂もサライも同じなんだね。
共通してる所は優しい眼差しなんだ。
心は丸裸なんだね。愛に包まれていたから今日まで生きて来れたんだ。
優しい心を与えたい。私が受け取った愛を証明するために。神様や新坂を証明するには誰かを同じように愛するしかないんだ。
最初の物語りは新坂に。[君は変わってるね]
普通の人はね。お花が開いてから生まれてくるの。でも私は無理に開かされ、引っ張り出されたからひねくれ者になったんだ。
私の出生の秘密。
[僕は顔には惚れないんだ]
私が気にしているのを知っていたんだね。いろんな所に堂々と私を連れて行き、いつも優しく見守ってくれていた。
物語りはもう一つあったけど忘れてる。また、思い出すね。コンプレックスが私の重石だったのかな。馬鹿みたい。自信が無かったから受け取り損なったんだ。でも、一緒だ。愛する人を前にすると自信を無くす。
新坂が私にしてくれていたことを思い出しながら考える。
[僕に黙ってどうしていなくなるんだ]大阪から寂しくなり電話を入れたら怒られた。
それが普通の人の愛の在り方かも知れない。同じなんだ。心から愛してくれる人はみな、同じ心なんだ。
朝まで腕枕してくれたよね。腕が痺れないって聞いたら、[平気だよ]優しさと私が傷つけた思い出がだぶって悲しい。新坂は何一つ私を傷つけなかった。私には愛された経験がないから、愛されたいと言う思いだけが先走りしていた。目の前にいる人を見ていない。対象のない愛の幻を追いかけていたんだ。新坂、私好きな人がいる。新坂に似ている。私にどうして欲しかったのかなあと考える。亀沢と新坂が話しているのを聞いた。別れた後だけどね。[卒業したら結婚するつもりでいた]
多分私の場合はそう言うことが問題ではない。無意識に手に入れていたものを意識的に獲得し直さないと意味が分からなかったんだ。新坂は意味を教えてくれた。新坂に何もかも任せていたら良かったのかも知れない。信頼は自分が味わったから分かるんだ。幸せを。
無意識に私は新坂の鼓動を聞いて体が覚えていた。腕枕はいつも心臓のある左側だったから。
今なら、飛び込んでいける。
あれから39年が過ぎた。昨夜、何故か思い出した。私を理解し、心から愛していた人を。彼からは一言も[愛してる]とか[好き]と言う言葉は無かった。言葉は無かったが、一緒に過ごした時間だけが昨日のことのように蘇る。でも私は懐かしいなぁくらいの気持ちで思い出していた。
新坂なんだよね。[帰っておいでよ]と無言で待っていてくれたのは。みんな覚えている。過ごした時間の全てを。でも抜け落ちている大切なものがある。(愛されている)と言う自覚が私には無かった。
似たような仕草に逢い、懐かしいものを感じていた。
札幌の街路樹のポプラは葉っぱを落とし丸裸の幹だけを残していたから、多分冬の前だったんだろう。ゴツゴツした丸裸のポプラは不思議な形に見えた。[変わった形だね]と言う私に[君に似ている]喫茶店で[アイスコーヒ]と頼んだら店員が[レイコーですか]と言った言葉にしっこくアイスコーヒを言い返す私を少し呆れ顔で見ていた。どうでもいいじゃないか、と笑っていた。
冬になって雪が舞う道を新坂が私の前を歩いていた。後ろを歩いている私に(おいで)と背中に手を差し出した。
セーターの袖を掴む癖がある私に[セーターが伸びるから駄目]と言った。
メガネをかけていたね。すごくものを大事に扱う人だった。そう言うことは新坂が教えてくれたんだと思う。
倉庫の空き地でバトミントンをした時、意地になってやっている私に[君は意固地だね]と嬉しそうな顔で言っていたから、直さなきゃいけない癖じゃないんだと放置していた。
いろんな場所に誘おとしていたけど私が行きたがらなかったら無理強いはしなかった。[行けば良かった]後悔している。
私が一番最初に物語りを紡いだのも新坂にだね。勝手に物語りが生まれてきて、とりとめのない物語りを黙って受け止めていたんだ。だからあの時の物語りは今でも覚えている。
顔は覚えてないのに仕草と一緒に優しさが鮮明に残っている。新坂に似た人に会った。
どうしたらいい?あの時私はどうすれば良かったんだろう。新坂に誘われるがまま意識もせず過ごしていた。愛されているとも感じず。
片方だけが愛していても通じないんだね。[君が僕を愛していると自覚しなきゃ意味ないんだ]
最近、新坂に意地悪されている気がする。似たような人に逢い、意地悪と優しさが交互に来る。どっちがあなたなの?
さぁどっちかな、探してごらん。そんな感じかな。
あの日、あの時間にタイムスリップしたような日々を過ごしている。どうしていいのか分からないんだ。愛されているのは感じているのに、どう応えていいのかが分からないんだ。まるで鬼ごっこしているみたいで、[好き]と言ったら[嫌いだ]でもやってることは[好きだよ]
新坂に似ていると思ったのは言葉じゃなく、行動なんだ。
言い方は悪いんだけど、[こんな、しち面倒な仕掛けする暇があるなぁ]私ならサッサと[好き]と言った方が手っ取り早いと思うのに。気持ちだけ確かめても駄目なのかなと最近思う。好きにも段階がある。新坂が私を愛していたように私が愛するにはどうしたらいい?失いたくない人がいる。新坂といるみたいに物語りが溢れてくる。
あの日に帰りたい。私は私のままに新坂の側で物語りを紡いでいた。ありのままの私だった時間に帰りたい。


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