携帯から書く日々ブログ
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満たされないのは心が望んでいるものに気付かないから…
無感動になるのは心が喜ぶようなものが世の中にはなくなったから… 山田かまちを読む。この本は私が買ったものでは無く、私の店で働いていた従業員の女の子が買ってきてくれたものだ。この時すでに彼女は結婚していたのだが、別の男性と恋に落ち、離婚した。 一度だけ私はその男性を店で見たことがある。 切ない眼差しで彼女を見ていたのが記憶に残っている。 最近、私は誰でも恋をすることが可能なんだとは思えなくなった。あの時の彼女の姿は苦悩に満ちていた。貝のように閉ざされた心に愛する人を抱きしめ無言で耐えていたように思う。苦悩の理由は私には分からなかったのだが、快活には見えなかった。最近、私は恋愛は極僅かな人にしか許されない特権に思える。並みの人間には不可能だと思ってしまう。 ついでに言えば人を愛するのは自分が幸せになるからでは無く、心の充足感を求めた結果で、心は現実など見ちゃいない。心が満ち足りる=幸せではないような気がする。 人間は摩訶不思議な生物だ。自分一人では満ち足りることが出来ないのだろう。人間にとっての幸せは心が決めてんだとも思う。心臓が肉体を生かす器官なら心は希望を生み出す源かも知れない。心が決めたことは自然と全体を活かす方向に向かうようにも思われる。自己中心であっても結果的には人類に貢献するのではなかろうか。 心臓が止まったら私は死ぬだろう、確実に。心が死んだら私は生きる意味を見失うだろう。 心は不思議な領域だ。 希望があるから人は生きる。見えないものか本当は重要なんだ。そんなことはとっくの昔からあちこちで語り尽くされているんだけど、それを感じるのは心で、そう言うのを感じれるのが感性とも言う。心のない時代には未来は見えないのだろう。 PR |
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