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私が育った環境は人を思いやる心を欠いたものだった。誰もが無関心だった。誰もが自分が生き延びることで精一杯だったのだから、仕方ないと今では思えるが、やはり、あの頃を振り返ると寂しくなる。
人間らしくない生活も毎日続くと慣れてしまって、当たり前になり、もっと素敵な生き方もあるのだとは思えなくなる。心が何も感じなくなり、次第に無気力になる。まるで処刑所に向かい歩くように諦めだけが処世術のようになる。
何の為に人間には心があるのだろう。ただ傷つくだけなら心は悲しい存在だ。
憎むのは悲しい。
憎むくらいなら私は泡になり消えたい。サライの心はとても綺麗だね。側にいてそう感じる。
誰もが優しい心の傍らにいたいと願うけど、優しい心は優しい心としか通わないんだよ。
憎むのは嫌いだから海の底深く沈んでいくんだ。
お日様のように優しい笑顔が私を陸へと誘ってくれなきゃ私は深海に身を潜めたままになる。
サライに逢わなかったら心が望んでいるものに気が付かず深海で過ごしていたかも知れない。
陸に上がった魚に水槽をくれたけど、水槽の中は自由を奪うんだ。
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優しい人と過ごした時間は自然のように健やかだね。勝手に笑顔が溢れてくる。笑顔は幸せの証なんだ。理屈じゃなくてね。毎日、笑顔でいたらきっと幸せになれるよ。
ちっちゃなことが積み重なって現実が生まれるんだけど、出来たら毎日笑顔の花をいっぱい咲かせて欲しい。
優しい人となら、辛い時はそっと傍らにいてくれるだけで安らぐものだよ。どんな美しい花も人間の差し出す優しさと言う花には勝てはしない。そう思うんだ。
病院で仕事をしていた時に人間の醜さと美しさを同時に見たようだった。優しい心根の人は医者より病を癒やす力があるんだと感じた。
私は恋愛は好きではない。単なるエゴにしか思えないんだ。人を愛したり、愛される資格がもしあるなら、思いやりがなきゃ駄目なんだと思うよ。

若い時は純粋なんだが、年と共にそんな心が消えていくんだろうなぁ。いつまでたっても純粋な人が好きなんだなぁ。若い子がいいって訳じゃないんだが、長年生きているうちに人は汚れていく。私は郷ひろみさんの若い頃は全く知らなかったんだが、歌声に惚れ聞くようになり、いつまでも少年のような感じを受け、本を買って読んだ。本を買う事も最近無かったんだが、久々に本屋に寄った。まさか郷ひろみさんのファンになるとは思ってもおらなんだ。
郷ひろみさんのお陰で私は自分がどう言う人が好きなのかが分かってしまった。自分自身が女の子と言うより男の子として過ごしてきて、女らしい人より、少年っぼい女性が好きだったんだろう。知人に私は[少年っぽい]と言われた事もある。小さな女の子に[男の子?女の子?]と聞かれたのも40を過ぎてからだ。
[どっちだと思う?]と聞き返したら、女の子は不思議そうな顔で[女の子]と応えたんだなぁ。あの時スカートはいていたにも関わらずだ。
案外、子供の目に写った私の方が本当かも知れない。
郷ひろみさんとサライがセットになり、純粋な人から愛される幸せがあるんだと思った。
そう言う気持ちがいつまでも続く訳じゃなかろうが、一瞬でもあれば忘れられない時として記憶に残る。
自分自身を保つためにも忘れてはならない心なのかも知れない。私はそんな自分が好きだから。
この心一つでいいと思う。寂しくなる時もあるけど一番好きな私でいたい。
無言の眼差しが私を一瞬捉えた。何が言いたかったんだろうかは分からないのだが、瞳の中に優しさを感じたから私は頷くようにお辞儀をし、立ち去った。
一瞬にして心を通わすものがある。言葉を超えた速さで素早く心に滑り落ちるように。心からの眼差しは微動だにせずに見つめる。
言葉ではないのかも知れない。心から…発する思いがある。意味も何もない。
その人の前では心が剥き出しになってしまう瞬間がある。
そんな目で見つめる人は少ない。
一瞬が永遠に変わるのは心からの思いなんだろう。
瞳で受け止め、流れる水のように心に忍ばせる思いは言葉にはならない。もとより意味などないのだ。そこにあるのは心を許し合った関係だけでしかない。
愛していても心を許せなかったら何の意味があるんだろ。
居心地がいいなぁと感じた時から私の中には不思議な信頼があった。
同じ目で見つめられて戸惑ったことがある。何と返事をすれば良いのか、と。
静かな時間にふっと懐かしむ瞬間がある。地底で静かに育まれた絆は自然の愛に似ている。
信頼されなかったら虚しいものだ。一緒にいて寂しい思いしか味わえないのは悲しい。心を許せる人に巡り会うのは稀なんだと思う。
気持ちが伝わっているんだと分かるだけでいい。
優しい人の傍らは居心地がいいのかも知れない。私が知る限りでは札幌で過ごした時間が一番幸せだったのかも知れない。新坂といた頃が。私は彼氏より、恋人より父親や肉親を求めていた。それを新坂が知っていたかどうかは分からないが。新坂は今でも恋人とか彼氏と言う感覚がない。ただ優しかったとしか思い出せないんだ。
寂しい。逢いたい。たまらなく逢いたい。
失うのが余程恐かったんだろうなぁ。今では(馬鹿みたい)と言うようなことをやたら怖がっていた。絆って何だろうね。少なくとも腐れ縁ではないだろう。散歩しながら昔のことを思い出していた。札幌は私にとって特別な場所かも知れない。北海道自体が特別なんだ。
毎年のように行っていたのに、パタッと行かなくなった。札幌を離れてからも年中行事みたいに札幌に行っていた。
今、考えるとよく往復したもんだ。まるで自分の帰る故郷みたいに毎年、冬になると行っていた。
何が私を惹きつけていたのかなぁ。心惹かれるものは多分無意識の中からスーと手を伸ばす幽霊みたいなもんかも知れない。昔はそれが恐かった。今は私の知らない私を教えてくれる存在なんだと信頼を寄せている。
素直になることなんだ。毎日精一杯生きて、後は神のみぞ知るの心境だ。
私の心も無意識の闇に浮かんでいるのかも知らない。
優しい人が好きだったんだけど失う苦しみを思うと怖くて、いつも逃げる用意をしていたのが可笑しくなる。あの頃、今くらいの強さが私にあったなら失わずに済んだものもたくさんあっただろう。
パンを焼きながら、新坂ならどんなに喜んでくれただろうと思う。ちょっとしたことにも喜んでくれたんだろうね。
料理は上手い方じゃなかったが新坂が喜んでくれるから作っていた。その癖が抜けてなくて、誰でも私が作ったものは喜んでくれるような気がして、パンも焼き続けたんだと思う。新坂の代わりに隣の旦那さんが誉めてくれてた。誉められるって大事だね。
愛されるって大切なことなんだね。
庭の花に水をあげながら、新坂ならこんなことも喜んでくれたんじゃないかなと思ってしまう。
愛する人と一緒になった方がいいよ。別れなんかに怯えるのは馬鹿げている。失うのが怖くて自分から捨てるなんてどうかしてるよ。
そのくらい辛い別れが私にはあったんだ。二度と味わいたくなかったから逃げるしかなかったけど。心から愛したら後悔はしないものなんだね。それが私の結論。愛さない人生より愛する苦しみを取りたい。


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