自由へと

残念にも思う。 どんな人生を歩んできたかなんて関係なく、死を待つ人の心からの願いはただ一つ。安らかと穏やかな心境を望む。かっては様々な欲望も持っていたのだろう。体も動かずベッドに寝たきりで、毎日、何の変化もなく、ただ与えられたものを受け取るしかない。その姿は私が子供だった頃の私だ。どんなに自由と愛に憧れたことか。人間の中に見いだせず自然の中に私の求める自由と愛はあった。 人間が心から求めるものに気づくのは何もかも失ってからなのか。生きてる喜びは命の一番深いところにある。もっと早く気付いて欲しかった。 だが、それでいいとも思う。安らぎの場を見いだした者達の顔にはもはや過去は関係はない。ただ一つの願いだけを求める。 その姿は私がよく知ってる者と同じ。全ての衣装を脱ぎ捨て、幼い日の愛と自由に帰ってきただけだ。 そこから見える世界は穏やかで怯える心はない。 自然のままがいい。消えかからんとする命の祈り。言葉にならない祈り。現実は残酷だ。最後の願いさえ聞き入れてはくれない。自然から切り離された者には帰るにはあまりにも遠い世界なのか。そこ
にこそ真の幸がある。

無言の祈りと願い

話しかけると無言の眼差しを向ける。ゆっくりとまばたきする。 もういいよ、頑張らなくても。最後の日まで自分で食事をしていた姿が印象深い。迷惑かけまいと頑張っているんだとは分かっていた。人の生き様は最後の瞬間に分かる。 毅然と去っていった人を懐かしむ。 誰にも看取られず去りゆく者もいる。それが私には最も悲しい。いずれ人はこの世界を去る。だが寂しく一人で行って欲しくない。 多分、この気持ちはプチに通じている。プチは私を待っていてはくれなかった。待てないくらい辛かったんだろうか。誰にも知られず半日も放置されたプチを思う度に怒りと悲しみが溢れてくる。 どんな思いがあったんだろう。私の憩いだった。悲しい時や辛い時、プチと話していた。そこにいるだけで良かった。日々が立つにつれ後悔と無念だけが増していく。忘れられるものではないのかも知れない。それでいいと今は思う。無理に忘れようとする事の方が辛い。 ずーとここにいていいよ。心の中に残っているプチは元気な姿のままだ。 それはプチの思いやりでもあったかも知れない。元気な姿のまま記憶に残る。可
愛く首をかしげていた姿が愛おしい。 甘ったれに、困ったやっちゃと嬉しくぼやいていた。

本日の笑い話

朝一番に不整脈。一応仕事場まで行ったはいいが、仕事の出来る状態にあらず、欠勤と言う形で、病院に直行。 以下、ドクターとの会話。薬は３ヶ月分お願いします。ドクター、いや、２ヶ月分にしときましょう。私、えー先生の顔見にこなあかんの。男前だったら来るけど、私面食いなの。ぶすたけど。ドクター、わかりました３ヶ月分だします。 カーテン越しに看護婦さんの笑い声が聞こえる。 楽しいのが一番の薬。

錯覚

階段を上がる度にプチの水入れ容器が目に飛び込み錯覚を起こす。水をいれなきゃと。次の瞬間、もう必要がないのだと知る。その繰り返し。かたずける気にならない。錯覚でもいい。まだ生きていると思える時、喜びと悲しみが同時に湧き上がる。時折、またプチに似たうさぎを飼おうかとも思うが、思いを打ち消す。プチの代わりはいない。大切なものはプチと私が触れ合った時の中にある。それはプチと私だけのもの。プチに与えていた愛情は行き場をなくし、心に留まったまま。 忘れる事がいいと人は言う。 プチは私の支えだった。小さいけれど大きな支えになっていた。生きていた頃は思いもしなかった感情、見知らぬ感情。初めて味わう感情。 流れる涙も今では小川のように音もなく溢れるだけだ。声に出して言えない悲しみはこんな形で思いを知らしめる。

幸せ

どんなご馳走も穏やかな空気ほどには旨くはない。この世界で長年生きてきた者たちが最後に選び取るご馳走は穏やかな空気だ。目と目で語る時澄んだ空気が漂う。神聖な眼差しは人の心、魂さえも包み込む。穏やかにこの世界を去る者は神の祝福を受けてるかにさえ思える。最後の時に最も穏やかな幸せを差し上げたい。他には何も望まぬが故に人は満ち足りている。無欲な幼子を抱くように抱きしめる。 幼い頃の暗い森の中に置き去りにした私が目覚める。人は子供に帰りたがるものだ。
幸せは子供だった頃のあなたが知っている。