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恋愛感情 それは、とても素晴らしく強烈な感情でもあるのだが、長続きはしない 新坂と過ごした時間は[恋愛感情]を意識せずに過ごした 思い出すのは、ただ、一緒に過ごした時間が何物にも代え難い時間だったのだと思うだけだ
それが本当の意味で大切な人であった、と言う証ではないだろうか
昔、書いた詩を思い出す[憧れも理想もなく、共に暮らしはじめて 優しさが心と心を通い始めた 愛は後から静かに生まれ、日常の中に素知らぬ顔で座っていた] それが、新坂と私が過ごした時間の流れ サライと違う点は、サライとの出逢いは強烈な魂の激突のような衝撃から始まっている
しかし、生身の人間がいつまでもそのような緊張感に満ちた生活に耐えられる訳はない 愛の嵐が過ぎ去って、なお、相手を愛おしむ心こそが大事に思える
最初に感じた強烈な印象が次第に薄れていくと、人は得てして、愛情が消えたのだと錯覚する 消えたのではない ただ、愛が信頼へと変化しただけに過ぎない 次から次へと恋愛遍歴を重ねてきた過去を振り返ると、最初の新鮮さが失われ、相手に対する思いやりのなさと投げやりな日常だけが続いていた いかに、最初の出逢いが素晴らしい経験であったにしろ、思いやりを欠いた生活は不毛でしかない 逆に、衝撃的な感情もなく、互いに尊重し接するならば、自ずと愛は生まれてくる ただ、その愛は、相手の中に自分の魂の片割れがあることを認めた結果生まれてくる強烈な感情ではないのだが 新坂を私が懐かしむのは(優しい時間)があったからに他ならない それを作り出したのは新坂と言う人間の優しさに思える 今でも新坂は無言で呟いている気がする(育んでいく愛もあるんだよ)と 恐らく、家族の中には(家族愛)がある 優しい関係と言うものが
私の記憶から新坂とが消えていた最大の理由は、出逢いの印象が全くなかったことなんだろう
気が付いたら、新坂は私の恋人になっていた そんな関係の中で新坂は微かに思っていたのかも知れない(いつか、君が僕を愛してくれる日がくる)と
別れを告げた時の新坂の表情には(君が他の誰かを愛してしまったなら仕方ない)そんな思いも込められていたのかも知れない 私も新坂と同じだ 心から愛していればこそ相手の心も尊重できる
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新坂といた頃の私に帰りつつある やたら、暗い子?と言うのでもないが、ボケ~とした私が印象にある そのボケ~とした私はいつも新坂の後を少し離れて歩いていた 新坂がソッと背中に手を差し出し、無言で(まんが、おいで…) 私も無言で新坂に駆け寄った記憶がある
一番好きだった人なのに記憶からすっかり消えていた人でもある 好きとかの感情より新坂と過ごした時間だけが記憶にある 何でだろうね いろんな人と付き合ったけど、誰にも(好き)と言う感情を持てなかった理由
最も残念に思うのが、新坂の胸の温もりと優しさに気付かなかったことだ
[腕、痺れない?]と聞くと、例の如く、言葉少なに、柔らかな口調で[大丈夫]
私と新坂には会話らしきものがなかった 私は私で思いついたままを、ボソッと呟くと、聞いてる新坂が[まんがは面白いね]で、おわり
職場の斎藤さんは私が勝手な空想で、独り言を呟くと爆笑してた 多分、新坂もそんな感じかな
自分では出来ないけど見ていて面白い、なんだろう 斎藤さんは私よりうんと年が下なんだが、新坂に似た人は皆、保護者的になってしまうみたいだ 斎藤さんのおかげで天然ボケの状態を維持出来てる 斎藤さんにも気を許せる人がいる 阿部さんだ 斎藤さんは阿部さんの側にいると、コッソリ阿部さんに悪さをしている それもすっとぼけた顔でやるもんだから、よほど意識してないと見逃してしまいそうな悪さ
感情的な人やテンションの高い人は私、きっと苦手なんだと思うこの頃 低いテンションでさり気なく悪さをする斎藤さんの顔が無言の笑みを浮かべていた
健康チェックに行き、毛細血管が見事に切り裂かれていた 精神的な部分だけがズタズタになってるだけだと思いたかったのだが、長年の精神的苦痛は肉体の隅々にまで及んでいた 社会や人に適応することが私そのものの死に等しかった 彼らは常に自分にとって都合の良い人間を望んでいた
恐らく、多くの人間が[神]を求め、幼稚なままに過ごしたいと願っているのであろう イエス、キリストに十字架を背負わせた愚かな連中
イエスを崇めるよりてめぇがイエスになれば良いではないか さぞかし、世界中に名が知れ渡り有名になれるであろう 私が保証する
あなた同様に誰かが自己犠牲を払ってくれる人を待ち望んでいる そいつらから賛辞のひとつでも頂きたいなら、手っ取り早い方法はあなた自身が人の不幸の一切を引き受けさえすればすむことだ
この下らない連中の仲間になりたくて自分自身を切り刻んだ罪は私自身の愚かさからでしかない
私は群集を尊敬していた あの愚かな男さえ私は尊敬していたのだ 無知故に
もし、サライに情熱と愛がなかったら、単なる普通の男に過ぎなかった 私同様に情熱と愛を秘めながら対象のない世界で孤独に耐えるだけの力がサライには備わっている
野性的で剥き出しの情熱は純粋で美しい アスファルトの冷たい都会では温もりを失った生物が徘徊している それを人は上品と評する
私が探していたのは高貴な人間だった 動物としての逞しさを備えながら、なお、繊細な感性を備え、それ故に苦悩する人間 自らを人間へと創造せんとする意志の強さ 野生の血と理性の狭間でのた打つような苦痛に苛まされながら、なお、温もりを失わない それがサライだった [君は殺人者でも許せるか?]
サライは実際には殺人など犯してはいないのだが、自らの情熱に怯えているのは確かだった いつ、暴走するか知れない情熱に怯えながら、情熱を注げる対象を求めて止まない 闘いに疲れると、生きて行くことそのものが苦痛でしかなくなる 頑健な肉体を備えたサライには人並み外れた欲望も備わっている 同時に理性も 激しいアンバランスに苦しむサライだが、私から見ると、それこそがサライの魅力に他ならない 人間としての芸術 それは神が創った最高傑作に他ならない
札幌にいた頃、教会の門を叩いた だが、その日、教会は休みだったのか、門は固く閉ざされ私は拒まれたような気持ちでその場を立ち去った 恋人もいた 苦しい思いを打ち明けることも出来たであろうが、何に自分が苦しんでいるのかが分からなかった
あの頃、コンピューターがめざましい進化を遂げつつあった コンピューターが私のグチャグチャになった脳をそのまま何らかの形に取り出してくれたなら、と思っていた 言葉にならない思いに私は常にに苦しんでいたのだと思う
誘われるがままに宗教を聞きにいったが、話を聞きながら、心のどこかで(これじゃない…)そう思ったのだけ覚えている 彼らの言葉に反論はしなかった 私には言葉が見つからなかったのだが(違う!)と言う確信だけは強かった 私が探しているものではない
宗教に救いを求めなくなってから、様々な書物を読みあさるようになった 実際に私と似たような精神的苦痛と地図のない道を歩いた者だけが少しの間安らがせてくれた 恐らく、宗教を説いて歩く多くの人は、あの過酷な道を歩いてはいないのだ 歩いた者だけが知ってる茨の道がある
現実の生活とは無関係な苦しみが内面で起きる 現実に関連した悩みなら、誰かに相談も出来るのだが、誰にも相談出来ず、言葉すら浮かんでは来なかった
書物を読む時も思う 摩訶不思議な言葉の言い回しに(あ、この人は知ってるのだ)と 私に向けて語られた言葉より、説明の出来ない道の至る所で出会った光景を感じる時、自分が見た光景は夢ではないのだと安心した 現実を生きながら、なお、もうひとつの見えない世界を生きるには道化役者になるしかなかった
私には今、心から愛する人がいる だが、それとてこの過酷な道を歩いた[記し]を彼の中に見たからに他ならない それが私の勘違いであったなら愛したりはしなかったと思う


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