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ただ逃げたい、苦しみから逃げたい。彼の無言の願いの前で私は静かに祈った。両手を合わせ神にすがる思いで、彼を苦しみから救ってくれる事を願った。死への恐怖さえ超える苦しみがある。私も何度となく味わった。明日目が覚めなければ苦しみともお別れだ。何とも単純な願いだったが聞き入れられる事もなく絶望感に目覚めた。諦めを通り越すと、勝手にしゃがれ!開き直って生きた。私には他にも逃げ場はあったが、彼には死だけが解放への道。彼とは無言で多くを語った。私は彼が生きている間一度も人間の言葉で話した事はない。ただ穏やかに彼の目を見つめ頷いただけだ。それで充分だった。彼もまた頷いた。それからの彼は胸の上で手を組み常に穏やかに過ごしていた。 亡くなった後看護婦さんから、綺麗な顔をしていたと聞いた時は何故かほっとした。生き地獄。私も何度味わった事だろう。死ぬ事だけが救いに思えた。 死ねない私に友人は慰めるつもりで、あなたにはまだ生きてする事があるのよ。その言葉は私を慰めるどころか絶望へと突き落とした。確かに私はまだいくつかの道があった。だが苦しかった。私の苦しみを分かった上で友人が言
葉をくれたなら少しは救われたのかも知れない。友人は知らないのだ。生きながら死んでいる苦しみを。 使い古されたお馴染みの慰めを録音されたテープで聞くような虚しさを何度も感じ、もう話すまいと決めた。伝わらない人に話せば余計死にたくなる。私は希望の言葉が聞きたかった。偽善的な慰めはもう結構だ。地獄より辛いのは虚しさ。最近、誰とも会話らしきものをしていない。 多分もう誰かに理解される事を諦めたんだと思う。私にとって一つの死を超えたのかも知れない。
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