慣れ

車に乗らなくなって二ヶ月になる。今では自転車が私の足だ。雨の日にずぶぬれになったりするが慣れてしまうとそれなりに工夫もする、考えもする。寒い日は辛い、暑い日は辛い。辛さも日常になると細やかな喜びを見い出す。かっては苦痛でしかなかった事の中に意外な意味を見る。黙って堪えていた頃とは違い、勝手な解釈を加え自分の都合のいい考えをする。考え方一つで物事が姿を変えるのが面白い。なんだ、こんな事か。単純な答えをやたら難しくするから苦痛になる。現実に立ち、素直になる時、私の神様はにこやかに微笑む。坂道をセッセッと自転車を漕ぐ。ダイエットだー！仕事が忙しい時は運動会と思えばいい。まだまだ笑える余地が残っている。何処まで笑えるかは知らないが私に与えられた試練なら、受けて立とうじゃないか。なんだ坂こんな坂。今日は雨、本を読みみしらぬ人と語りあかそう。

良き友へ

今では良き友と言うしかない。若い時の恋人達。懐かしく思い出すのは、注意された事かな。花の香りをかぐときに花に顔を近付け過ぎず手で風をおくる様に、と。確かにその方が美しい。カラオケて下手くそな歌を熱唱していたら、もう少し力を抜いて歌う方がいいと言われた事。花を見る度に思い出す。カラオケで歌う度に気を付けている。君はいこじだなぁと呆れていた人。冬のポプラの木が妙にユニークで(不思議な形ね)と言った私に貴方は(君に似ている)と。大切なものに気がつかず、失った日々が佇む。もう一度会えたなら間違えたりはしない。後悔はしないが自分の愚かさには寂しくなる。会いたいなぁ、胸のうちで呟く。遠い世界から静かなため息になった思い出を空に放つ。私の事、覚えていたなら帰って来てと願う。

止まってしまった時間

店の厨房の隅で長い時間ボンヤリしていた頃があった。開店の用意をしなくてはならないと解っていても体が動かない。店を辞める少し前から無気力になり方向を見失い精神的な途方に見舞われた。近くの堤防をひたすら走った。あらゆる事を試して見たが無駄でしかなかった。気が狂うしかないどん底で絶望感にさいなまされ、辿りついた所は(死ぬ)でしかない。そこにしか希望は見い出せず、闇をさすらった。生き方の付けはこんな形で訪れる。あの頃を振り返り、あれが今の私と同じ人間だとは解っているが二度と帰りたくない自分がいる。あれも私なんだ。捨てた訳ではないが目覚めてほしくはない。今でも死にたいと言う願望が沸き上がる時がある。だが、意味が違う。より良く生きる自信が無くなる時だ。結局、今日一日大切にするしかないと結論する。それで少し気持に余裕が出来る。経済的に苦しくて死ぬ人間もいる。生活の貧しさは子供の頃から馴染んでいる。多少の貧困は苦にはならない。かえってあらゆる意味で工夫を余儀なくされる貧困は人間を豊かにするとさえ思う。

許される年

人間として許される年齢がある。ババアになると誰も注意をする人がいなくなる。若い時に様々な人からお叱りの言葉やら励ましも頂いた事を感謝したい。中には理不尽な事もあったのだが、未熟者を自認していたと言うか、コンプレックスの塊がたちふさがり、反論の余地はなかった。たまたま出会った友人を見ていて気がついた事がある。彼女の可愛さがなんであるのかを考えると、ほど良いコンプレックスは美点を際立たせるものだと気付かされ、コンプレックスも悪くないと。誰からも注意されなくなった時こそ気を付けなければならない。若いうちの無知は可愛いがババアになっての無知は恥でしかない。

計画性の無さ

いい意味にとる人は少ないが、私は好きだ。ゼノ、ゼブラフスキの様な間抜けな善人が。悪事を働こうと思えば記憶力が余程良くなかったら無理だが、善意はある意味計画が要らない。ばれて困る事もない。適当でも構わない。行き当たりバッタリの行動でいい訳だから。ゼノさんもかなりいい加減な性格だったらしい。会った訳でもないが、本で読み、(解るなぁ)と心底納得出来る人物。私が好きな人間は大抵目標も無く生きている人だったりする。その殆んどが貧乏と言うのも笑える。執着しない人間がやはり好きなんだろう。アッサリとね。