携帯から書く日々ブログ
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今日から病院。外迄行くのが、面倒でトイレで煙草吸ってたらすぐばれた! 最近のセンサーは感度がいい。人間の感度が鈍った分機械の感度を上げないと生きて行けないのだろう。 病室はババァ二人にアホっぽい女の子が一人。なんも話す事はない。もう飽きた。檻の中に閉じ込められた野獣だな。 あほくさくて、たまらん。人生最悪かも。私から自由を取ったら何が残る? 他のものでは駄目なんじゃ!
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哲学や宗教を最初に持ち出した人はなんの為にだったのだろうか。今、この現代に生きている私がソクラテスを理解出来ると断言しても、彼の書いた(書いたのはプラトン)本からの影響に過ぎないのでは、確かに、手応えは感じるが、だからといって、普遍性からなるものだと断言出来るであろいか。スピノザもカントもアリストテレスも読み、影響を受けただけかもしれない。だとすれば普遍性ではなくなる。予め、私の中にあるものとソクラテスの思考が一致し、例えソクラテスを知らずとも彼と同様の思考を導いて初めて普遍性と言える。今、よぎる人を数える。思考の類似をデーターに取る為に。ただ一人の人間の確さを確認する為にやはり、データーは欠かせない。
忘れられた、哀しい人。思い出す事もない、し、思い出したくもなかったのだが、病院の待合室で声を掛けられ、僅かに記憶にある顔だとは思ったが、最近いろんな奴に会い過ぎて、コンガラガっていた。(何処で会ったけ?)名乗られて、思い出した。 今更、顔も見たくない。記憶から追放された物。 嫌な記憶しか残されていない。私だったら、顔、合わせる事さえ、ためらうであろう事を平気で踏みにじる。私ごときの記憶から追放されたとて、苦にもならないであろう。 馬鹿ばかしくて、相手する気にもならない。サヨナラ、本当にサヨナラなんだ。
車の中に左足の靴がある。当分履くことがない。 昔見た夢を思いだす。 カウンターにいる私は泥の中で、片っ方の靴を探していた。仲良しの間抜けが私の靴を掲げ、君のかい?と、笑っていたな。間抜け同志気が合って、まともな会話が全くなかった。が、後から、笑いが止まらなかった。
どうせ退屈するに決まっている。鞄の中に詰め込めるだけ、詰めた。 いざ!出陣。 病院には賢い人がいっぱいいる。アホの父が世界で一番偉いと思い込んでいた医者だ。そんなに尊敬するなら、自分が医者になれば良かったのに。期待の星であった弟は自殺してしまい、父の欲望はあえなく露にすらなる事なく、消えた。 過ぎた話しだ。賢い人が大勢いらっしゃるから、落とし物もあるであろう。帰りは鞄に入りきれないかな?私は心配性。
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